いままでお昼は発芽発酵玄米に塩をふっただけというシンプルなメニューだったが、ここ最近はそれにくわえ松の実とごま塩もパラパラとかけている。松の実のみずみずしい食感とごま塩の風味が増したことでよりいっそう奥深い味わいの玄米になった。これにリンゴを一個、そして三年番茶を添えている。三年番茶には乾燥したなつめとクコの実を、最近になって投入してみたらとてもよいダシというか旨みというか、なにか三位一体のような「ばっちりハマった感」があった。そんなわけで冒頭の写真が僕にとって最近の、一つの完成形ともいえる昼めしです。玄米自体はかれこれ4年以上食べつづけているが不思議とまったく飽きずにいる。なんというか飽きる気配すらない。たぶん自分のからだにあっているんだろうな。なでしこの炊飯器もかれこれ4年以上経つが、こうやって毎日フル活用しているにもかかわらず、故障することもなくしっかりと稼働してくれている。もしかするとゴムパッキンが緩くなっている可能性もあるが使っているぶんにはそのような劣化は感じられない。でもなでしこの炊飯器はたしかアップデートされたはずなのでそろそろ買い替えてもよさそうだ。ただ一向に壊れる気配がないので買い替えるきっかけがない。まあそれはそれで幸運なことではあるけれど。朝食もおおむね変わることなく同じメニューを食べつづけている(牛乳にバナナ、冷凍ブルーベリー、ハイカカオ、ナッツを投入)。変わったことといえば牛乳がアーモンドミルクだったりオーツミルクだったりヨーグルトだったりその日の気分で変えていることくらいかな。朝食のメニューもどうやら僕のからだにあってるみたいだ。こちらも4年近く食べつづけているが自分のからだに問題らしき萌芽は(あくまで表面上にかぎるけど)いまのところ現れていない。朝食も昼食も大きなアップデートはないにせよ、こうやって振りかえってみると細々としたアップデートは重ねられてきたみたいだ。少しずつではあるけれど、より理想的な食生活への道ができあがっていることがわかる。でも年齢も身体も日々変化しているから「これが完成だ」というメニューに至ることは一生ないのだろうな。細かなアップデートはそういう変化に対応した無意識の、ある一つの結果なのかもしれない。