デコポンとみかん

雑記

デコポンとみかん

ここ一カ月くらい毎日夕食後にみかんを食べてさらにはデコポンも食べている。調子がいいとそのあとセブンの冷凍マンゴーまでいっちゃうが、まあそれは週に1、2度あるかないかだ。夏はスイカ、秋は柿、冬は柑橘類となぜかカラダが自然とその食べものを求めてしまう。おそらく食べものというよりはその季節に必要な栄養素を摂取するために食べたくなるのかもしれない。たとえば冬は日照時間が短くなるからそれに必要なビタミンD(日光浴で生成される)を摂取するために……といま調べてみたらビタミンDは果物にほとんど含まれていないみたい。なるほど、僕の勘違いだった。おもえば僕はこうやって勝手に勘違いして時にはつき進み、時には立ち止まってきたように感じる。それは功を奏する場面もあるし、その逆もまた然りである。世界は自分の解釈しだいでいくらでもデザインできるのだけど、こと健康に関しては「勘違い」では済まされない。なぜならそれは「不可逆」な状況になりえるからだ。そんなことをぼんやり考えながらデコポンやらみかんやらをほおばっていると、去年の暮れあたりから股関節に痛みがあることを思い出した。あぐらをかくように股関節を広げると一瞬「ズキン」と電撃が走るような痛みに襲われるのだ。あのときは年内に治らなかったら病院へ行こうと考えていたのだけど、いまはほとんど痛みが消えている。でも股関節を広げすぎると「ジーン」という鈍い痛みがまだ滲んでくるあたり完治にはいたっていないらしい。まあそれでも回復に向かえる痛みなら、つまりは可逆的な症状ならそれほど気にする必要もないだろう。問題は去年から急激に悪化した花粉症だ。いまは冬だからその兆候はまだ沈黙を守っているけれど、雪がとけて春の息吹が芽生えるとき、あの不快きわまりない症状が僕を少しずつ蝕んでいくんだろう。はたして花粉症は不可逆なものなのか? もしそうならそれを受け入れるしか手はなさそうだ(花粉のない土地へ引っ越すというパワープレイができる人ならいいが)。なんだかカラダが完璧な状況というのはもう長いあいだ失われているように思う。いや、そもそもそんな状況になった試しはないか。でもそれに近い状況はあった気がする。しかしいずれにせよこの先はあちこちで悪化の一途をたどるだけなのだろうな。そして僕にできることといえばそのスピードを少しでも遅らせること以外にないのだろう。そう考えると僕はとてもやるせない気持ちになった。ふと手のひらを鼻に近づけてみると、みかんの爽やかな香りにつつまれた。この鼻の通り道もあと少しで塞がれてしまうのかと想像すると、いまの健康状態がとてつもなく恵まれていることに気づく。時間とおなじように人の感じ方もまた相対的なのかもしれない。

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